大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和45年(行ウ)14号 判決

原告

藤村豊

右訴訟代理人

高村是懿

外一名

被告

広島労働基準監督署長

湯浅克己

右訴訟代理人

長谷川茂治

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一、原告

(一)  被告が昭和四三年一〇月二日付で原告に対してなした労働者災害補償保険障害等級第一一級相当障害補償費支給処分を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。との判決。

二、被告

主文同旨の判決。

第二  主張

一、原告の請求原因

(一)1  原告は、昭和二三年九月一日より広島県安芸郡坂町所在の山陽木材防腐株式会社に雇用され、同会社広島工場で運搬工として勤務していたものであるが、同三九年五月八日午後一時三〇分頃、ウインチのブレーキバンドを修理するため、右工場より約一〇〇〇米離れた同町横浜部落所在の宮本鉄工所へ赴こうとして、同町国道を自転車に乗つて走行中、後方より疾走してきた訴外松本健次運転の自動二輪車に激突され、よつて頭部頸部打撲挫創、擦過傷、右下腿挫滅創兼廉骨々折、右還指基節部骨折、前腕手部擦過傷等の業務上の傷害をうけた。

2  原告は右同日より三登医院(安芸郡坂町所在)及び中村外科医院(安芸郡矢野町所在)に入院及び通院して加療した結果、同年一〇月三一日治癒と認定された。

3  原告は同四〇年一月五日右治癒後に障害が残存しているとして、被告に対し障害補償費を請求したところ、被告は同四三年九月一三日、原告の左大後頭神経の圧痛を主とした頭部頸部痛、めまい、耳鳴りその他の神経症状及び右薬指第一指関節の機能障害についてのみ本件業務上負傷による残存障害と認め、前者は局部にがん固な神経症状を残すもので昭和四一年労働省令第二号による改正前の労働者災害補償保険法施行規則(以下旧規則という)一五条(現行規則では一四条)別表第一に定める障害等級(以下単に障害等級という)一二級の一二に該当し、後者は一手の環指の用を廃したもので障害等級一二級の九に該当し、同条三項により併合して一一級に該当するものとして支給決定処分(以下単に本件処分という)をなし、同年一〇月二日右等級相当額の障害補償費の支給をした。

4  原告は右決定に不服なため、同四三年一二月四日広島労働者災害補償保険審査官に審査の請求をしたところ、同審査官は右請求を棄却した。

5  原告は更に同四四年五月一六日労働保険審査会に対し再審査の請求をしたところ、同審査会は同四五年一月三一日右請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決は同年二月三日原告に通知された。

(二)  しかしながら、原告は本件業務上の負傷により、(1)両眼の視力低下(0.01に低下)及び視野狭窄(障害等級四級の一)、(2)聴力障害(同一〇級の四)、(3)頸椎の運動障害(同一二級、旧規則一五条四項)、(4)右手薬指の用廃(同一二級の九)、(5)頭頸部の神経系統の機能に障害を残し服することができる労務が相当な程度に制限される(同九級の一四)等の後遺障害があり、旧規則一五条二項により四級に該当するものであるから、被告のなした本件処分は違法であり取消されるべきである。〈後略〉

理由

一原告の請求原因(一)の全事実及び同(二)の事実中原告が本件業務上の負傷により右手薬指用廃の後遺障害を存し、これが障害等級一二級の九に該当することは当事者間に争いがない。

二原告は本件事故により前記等級四級相当の後遺障害を蒙つた旨主張し、被告はこれを争うので以下この点について判断する。

(一)  視力低下について

〈証拠〉によれば、原告の視力の経過は次のとおりであることが認められる。

年 月 日       右眼 裸眼 (矯正)      左眼 裸眼 (矯正)

昭和四〇年 三月 一日  0.1(0.6)    0.02(0.7)

〃四一年 六月 二日  0.1(0.6)    0.04(0.6)

〃四二年 五月二三日  五〇糎指数弁(0.4) 五〇糎指数弁(0.4弱)

〃四二年 九月二二日  0.01(0.04)  0.01(0.01)

〃四五年 九月一九日  0.05(0.2)   0.03(0.03)

〃四七年一一月二七日  0.02(0.2)   五〇糎指数弁

〃四八年一一月二九日  0.05(0.7)   00.04(0.5)

しかして原告の本件事故前の視力については主張、立証がなく判明しないので事故前との比較は不可能であるが、右の経過によれば原告の視力は昭和四〇年三月一日以後低下していることがうかがわれる。

そこで原告の右視力の低下が本件事故による負傷に起因するものかどうかについて検討するのに、〈証拠〉によれば、原告は先天性の高度近視で、それが本件事故による頭頸部の負傷により多少進行した可能性は否定できないが、原告の視力の低下は網膜黄斑部の機能障害によるもので、その原因は原告の先天性素因である高度近視にあることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。従つて原告の視力低下が本件事故による負傷に起因するものとみることは困難である。もつとも証人衣笠徳兵衛の証言によれば、同証人は昭和四二年一〇月二〇日、原告の視力低下は本件事故による頭部外傷後遺症に基く視神経萎縮によると診断したことが認められるが、〈証拠〉によれば原告には視神経萎縮の場合その指標となる視神経乳頭の褪色がみられず、又網膜の機能をあらわす指標としての網膜電気図の成績が悪いのに、視神経の機能を客観的に判定する方法としての視覚誘発電位の反応は正常であること、昭和三九年五月八日の外傷により同四二年一〇月二〇日頃に視神経萎縮が発現することは極めてまれであることが認められるので、原告の視力低下の原因が本件事故による頭頸部外傷による視神経萎縮にあると認めることは困難というほかなく、従つて衣笠徳兵衛の診断結果は採用し難い。

(二)  視野狭窄について

〈証拠〉によれば、原告に視野狭窄は存するが、これは障害等級のいずれにも該当しないことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。従つて原告の視野狭窄については、これが本件事故による負傷に起因するかどうかは判断するまでもないこととなる。

(三)  聴力障害について

〈証拠〉によれば、原告の聴力障害は、両側神経性難聴であつて、オーディオメーターによる気導聴力損失値の経過は次のとおりであることが認められる。

年  月  日    右耳    左耳    語音明瞭度

昭和三九年九月二二日  二七デシベル  五六デシベル  六六パーセント

〃四〇年三月 一日  二〇  〃    五一  〃    五七  〃

〃四〇年五月二五日  三一  〃    六一  〃

〃四一年四月三〇日  37.5〃    62.5〃

〃四一年六月 二日  五〇  〃    七二  〃

〃四二年九月二一日  56.3〃    八〇  〃

右によれば原告の聴力障害は時日の経過とともに悪化していることが認められる。

そこで原告の右聴力障害が本件事故による負傷に起因するものといいうるかどうかについて検討するに、〈証拠〉によれば、原告は本件事故後四ケ月余を経た昭和三九年九月二二日にいたり、左の耳鳴りとめまい、難聴を主訴として中国労災病院を訪れ、上田俊博医師の診断をうけたところ、両側鼓膜は正常、発赤、穿孔、排膿もなく、両耳管通気度正常であつて他覚的外傷は全く認められず、その聴力障害は前記のとおりであつたこと、そして右日時における原告の聴力障害は、原告の既往歴に中耳炎その他難聴をまねくような病気がないことから一応本件事故による負傷に起因するものと認められるが、右障害程度では障害等級のいずれにも該当しないこと、そして右日時以後の原告の聴力障害の悪化、進行については、それが本件事故による負傷によるものか、老人性難聴によるものか、はたまた両側の進行性内耳性難聴によるものか、或はこれらが競合したものか不明であるというほかないことが認められ、〈証拠判断省略〉。右認定事実によれば、昭和四〇年以降における原告の聴力障害が本件事故による負傷によるものと認めることは困難というほかはない。

(四)  頸椎の運動障害について

〈証拠〉によれば原告の頸椎の運動障害の経過は次のとおりであることが認められる。

昭和四〇年三月 九日  頸椎の運動に障害を認めない。左回転にさいし疼痛を訴える。

〃四〇年五月二五日  前屈一五五度   後屈一五〇度   右屈一六〇度

左屈一六〇度   右回 二五度   左回 一五度

〃四一年六月 二日  前屈一七〇度   後屈一六〇度   右屈一七〇度

左屈一六〇度   右回 三〇度   左回 二五度

〃四二年五月二三日  前屈一七〇度   後屈一四〇度   右屈一五五度

左屈一六五度   右回 三〇度   左回 二〇度

〃四九年二月一九日  頸椎の運動障害は解消し、痛みだけが残存する。

右認定事実によると、原告には昭和四〇年五月二五日頃以降頸椎の運動に障害のあつた期間はあるが、同四九年二月一九日当時においてはその障害は解消しているから原告に頸椎運動障害の後遺症を認めることはできない。

なお原告は身体障害等級一二級に該当する頸椎の運動障害が存する旨主張しているが、仮にその主張どおりであつたとしても、本件処分が原告に右等級の一二級の一二及び一二級の九に該当する二障害があることを前提として同等級一一級に該当するものとしている以上、旧規則一五条三項の規定からすると、右頸椎運動障害のみでは身体障害等級一一級より重い等級になることはないから、本件処分の違法事由にはならない。

(五)  頭頸部の神経系統の機能障害について

〈証拠〉によれば、原告は本件事故による負傷に起因した左大後頭神経の圧痛を主とした頭部、頸部痛、めまい、耳鳴り、等の神経症状を有することが認められる。

しかしてその程度について原告は「服することができる労務が相当な程度に制限される」旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、前掲各証拠によれば「頭部に頑固な神経症状を残すもの」と認めるのが相当である。

三そうすると被告が、原告の左大後頭神経の圧痛を主とした頭部頸部痛、めまい、耳鳴りその他の神経症状及び右薬指第一指関節の機能障害について本件業務上の負傷による残存障害と認め、前者は局部にがん固な神経症状を残すもので障害等級一二級の一二に該当し、後者は一手の環指の用を廃したもので障害等級一二級の九に該当し、旧規則一五条三項により併合して一一級に該当するものとしてなした本件処分は適法というべきである。

よつて本件処分の取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(森川憲明 下江一成 山口幸雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例